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平和祈念フェスタ  清瀬での戦争を語る

清瀬市平和祈念展等実行委員会は13日、平和祈念フェスタを開催しました。
毎年、東京大空襲のあった3月に企画されるもの。
「語り継ごう、清瀬と戦争」をテーマに、清瀬の戦争体験者の話を聞く貴重な場となりました。
アミューホールの会場には、多くの市民が駆けつけました。

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オープニングに「清瀬と平和を語る〜世代を超えて」を上映。
終戦を14歳で迎えた斎藤靖夫さんが、父親の日記など貴重な資料を示しながら、戦争体験を語りました。
「3月25日に一緒に卒業したばかりの同級生2人が、4月2日の空爆で亡くなったのは大変なショックでした」
「毎日ようなB29の空爆は、無差別にどこでも」
「父の日記を見ても分かるが、戦争というのは物がなくなるということ。硬貨さえも小さくなって、紙のお札へと変わっていきました」など、生々しく語りました。

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 スライドには、斎藤さんのお父さんの日記が。
 左側に「四月二日 空襲」「午前二時頃 空襲 四時頃迄  中清戸、下宿、中里方面へ」と記述が。

また実行委員の定 信夫さんが「清瀬と戦争」展示パネルを解説。
当時の清瀬の様子を航空写真で見たり、都内の子ども達が市内3カ所の寺院に疎開してきた様子、4月2日の空襲と東村山市にB29が墜落した事故など、資料をもとに振り返りました。
斎藤さんのお話を裏付けるように、示された資料では、亡くなった日付が「4月2日」と記された一家3人の墓石も。
下宿で3人、中清戸で13人もの方が亡くなったそうです。

また、当時の清瀬村は約8000人の人口にもかかわらず、出征して亡くなった兵士は120人にものぼると。
斎藤さんのお兄さんも、戦死されているとのことでした。

会場の外フロアには、市民から寄せられたという戦争当時の軍服や、日の丸への寄せ書きなどが展示されました。
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      「千人針」を始めて見ました。
      出征兵士の無事を祈って、千人の婦人が赤糸で一針ずつぬったもの。

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  どれも貴重な資料で、驚きました。

第2部では、「クローバー」として活動する二人の女性による、素敵な歌声で、平和を願う歌をみんなで。
原爆の惨禍と、平和を願う「青い空は」が久しぶりに歌えて嬉しかったです。
二度と戦争を繰り返さないために、決意を新たにできた平和祈念フェスタでした。
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